日刊早坂ノボル新聞

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◎前世の記憶 その(1)「つつじにまつわる話」

◎前世の記憶 その(1)「つつじにまつわる話」

 幾度も繰り返し夢に観たり、何気なくふと思い出したりする出来事がある。思い付きや空想とは思えぬリアルさだ。そんな話はなるべく他人には話さぬようにして来たが、もはや余命もあと僅かだから、記録に留めておくことにした。

 

 今は昔。まだ守護とか地頭がいた時代の頃のことだ。

 奥州のどこかで合戦があり、私はいち部隊を指揮して城を攻めた。

 自分がどこの誰で、誰を攻めたのかは既に忘れた。

 何せ、死ぬと知能を失い、知識として習得する情報がすべて失われてしまう。よって、私はこの時の自分の名前が分からない。

 これは推測だが、大舘の近くではないかと思う。この地を訪れた時にそう感じた。

 

 城を巡る攻防があり、敵味方ともかなりの人数が死んだり傷ついたりした。

 当初、こちらの兵力は五千人くらい、相手は千数百人だったが、味方が五六百人死に、敵方はこちら同様半数に減じている筈だった。

 「このままでは消耗戦になる」と思ったが、既にそっくり消耗戦だった。

 意を決し、私は一人で敵方の柵の前に赴いた。

 右手を高く掲げて馬を進めたが、これは「話がある」という心づもりを示すものだった。

 敵将がそれに気付き、柵の前に出て来た。

 そこで私はこちらの意図を伝えた。

 「このままでは、お互いに死人が沢山出る。ここでもう戦は止めにしないか。今止めれば、そちらの将兵の多くを助命すると約束する」

 私は元々正直な性格だし、今は火急の事態だから駆け引きはしない。言葉通りの意味だった。

 命を助けるのも「多く」であって、「全員」ではない・

 

 すると敵方の大将は、少しの間考えて私に言った。

 「そんな口約束を誰が信じる」

 だが、すぐに気付いたらしい。

 「それなら、先に我が方の将兵を分け、去るべき者をこの城から送り出す。それが無事に逃れ出たことを見届けて、そこで開城しよう。それでよいか」

 頭の切れる男だ。自分を含め幾人かは城に残るが、若者や女子供を逃がすことを優先した。

 誰かが責任を取らねばならぬのだから、その男や主だった侍は城に残る。そして、その幾人かは首を刎ねられることになるのだ。

 「よかろう。先に逃がすべき者を逃がせ。我が方はそれに攻めかかったりしない」

 「では半刻後に人を出す。それを見届けた後、一刻後に城を明け渡そう」

 

 言葉の通りに、まず女子供や若者、そして傷ついた将兵たちが城を去った。

 約束通り、こちらの軍はそれをただ眺め、襲い掛かったりはしなかった。

 そしてそれから一刻後に、城門が開き、残りの兵たちが外に出て来た。

 残っていたのは百名ほどだ。

 

 吟味が行われ、降伏した兵たちの多くはこちらの軍門に下ることになった。

 この後は我が軍の兵の末端に組み入れられることになる。

 合戦の首謀者として刎首が決まったのは八人だったが、その中にはあの大将もいた。

 

 私は小高い丘の上のつつじの咲く場所に、敵の将兵たちを引き出し、末期の水を与えた。

 男は私が刀を握っているのを見て尋ねた。

 「おぬしがそれがしの首を切るのか」

 「この話を取り纏めたのはそれがしなのだから、それがしの務めになろう」

 私はいつもこの務めだ。幾度生まれ変わっても、こういう役柄だった。

そして私が首を刎ねた多くの者の業を背負う。

 

 「それはよい。それなら貴殿にお任せする」

 男は己の首が切られやすいように、堂々と頭を前に突き出した。

 男の胴体から噴き出した血飛沫は、同じ色のつつじの花の上に飛び、花の色が一層赤くなった。

 

 つつじの花を見る度に、私はこの光景を思い出す。

 今から六百年は前の話だ。

 はい、どんとはれ。