◎古貨幣迷宮事件簿 「遠野南部の公札」
左側の札は四五か月前から消息不明だったが、書籍の間に挟まっていた。
この品には記憶があり、十五年以上前に、古文書の類でオークションに出品されていたのを「佐比内」の標記に惹かれて入手したものだ。
佐比内にはかつて金山があり、その後、幕末明治初めには高炉が置かれていたからだ。山内出入りの商人のものだったりすると、得難い資料になるかもしれぬ。
よく見ると、札の上部に茶色く染めた部分が僅かに見えるが、これは盛岡藩の公札にはよく見られるしるしだ。
ところが、「御金所」とのみ記してあり、具体的な使途や役人の記名などはない。
(「会所」かと思っていたが、この旧字は「會」だから、その略字ではないようだ。)
「何だか記載が足りない。一体どこの金所のこと?」
だが、よく考えてみると、佐比内一帯は、元々、遠野南部氏の領地になる。
遠野南部は徴税権を持つ、いわば藩内藩(=支藩)の扱いだから、盛岡藩庁の直轄地ではない。藩の公文書を見ても、遠野に関する記述が限られているのはそのためだ。
制度などは概ね盛岡藩のそれを踏襲したものだろうが、現場の扱いは遠野なりのものがあったのかもしれぬ。実際、出先機関が数か所なら、細々と「何の誰それの担当」などを記載する必要が無かったのかもしれぬ。
この辺を調べるには、遠野周辺の郷土誌をあたるしか手は無さそうだ。
右側の札の素性は忘れたが、左の遠野南部札に「よく似ている」というので取り置いたようだ。
盛岡藩の公文書にもなければ、『南部貨幣史』のようなものにも詳細はない。
「何だか、記載が足りない」という取り留めのない印象が、逆に特徴になっている。
まだ詳細に調べた人がいないようだから、今のうちは収集が容易だろうと思う。
この手のを読み解く鍵は、地元の私家文書くらいにしか残っていないのではなかろうか。
丹念に探して行けば、「佐比内鉄鉱山 山内通用札」みたいなものが見つかるかもしれぬ。ま、入札やネットで集めているうちは、新しいものは見つからない。新しい発見は、キーではなく足によってなされる。