日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎夏の終りの生活怪談 「カーナビが導く」

◎夏の終りの生活怪談 「カーナビが導く」

 話を膨らませず、実際に起きた理不尽な出来事を記す。現実に起きる怪異譚には、オチが無いことの方が多い。面白くはないが、状況や理由について説明がつかない。

 

 カーナビが誤作動して、指示とは関係ない場所に導かれる。これはよくある。

 多くは機器か信号の不具合、もしくは設定の仕方による。

 例えば「距離優先」と指定すると、ナビは杓子定規に近道を探し、普段は車の通わぬ道に導いたりする。こういうのは少し迂回すると目的地に近づくから、「何か機械もしくは電波信号のエラーによる」と分かる。

 だが、まったく意味不明なミスリードを犯すことがある。

 

 今から二十数年前、夏休みに里帰りをする家人を成田空港まで送って行き、そのまま子どもたちを郷里の岩手の祖父母の許に送り届けた。子どもたちは夏休みの間、ずっと祖父母の家で過ごした。

 私一人だけ所沢の自宅まで戻ったが、これは岩手から東京方面に向かう時の話だ。

 ただ帰っても面白くないので、宮城で寄り道をし、高速に乗ったのは夜の十一時頃だった。

 白河までは無難に着いたが、突然、カーナビが声を上げた。

 「左に曲がって下さい。出口です」

 ちょうど白河のインターチェンジの手前に着いていたのだ。

 どの設定にしても、岩手から東京に向かう時には、高速でのルートが指示される。

 「有料優先」「距離優先」「推奨」でも同じで、「一般優先」の時だけ、高速を降り、高速と並行して走る国道四号線になる。

 不審に思ったが、ちょうど小腹も空いていた。サービスエリアの食事にはもう飽きていたので、降りて食堂を探すことにした。深夜だが、幹線道路を辿って行けばラーメン屋やトラック向けの深夜食堂がある筈だ。

 

 ところが、ナビは白河の街中に車を誘導し、ぐるぐると街路を移動した。

 飲み屋街の車一台しか通れぬような道を通り、左に右に「曲がれ」と言う。

 さすがに「これはちょっとおかしいよな」と気付く。

 そこで、少し広そうな道に出たところで、幹線道路に戻ろうとしたが、さっぱり方角が分からない。

 仕方なく、もう一度ナビの示す道を進んだが、ナビは真っ直ぐ東の方向を指した。

 北から南に向を目指しているのに、途中で東に向かったら、目的の東京方面からはどんどん遠ざかる。

 知らぬ間に道幅が二車線になり、一車線になった。

 「迂回してバイパスにでも出るのか」と思い、そのまま進んで行くと、さらに道幅が狭くなり、人家がまばらになった。

 気が付いたら、林業用らしき道に入り込んだが、対向車があればすれ違えぬほどの幅になった。

 一般道を白河から栃木に向かうと、割と山深い場所を通るが、それにしても、とっくの昔に市町村道より狭くなっている。

 ナビがこんな道を案内するのか?

 ここから先は、過去には少し脚色し、さらに膨らませて話して来たが、実際に起きたことは以下の通りだった。

 

 右側が山の斜面、左側が崖になっている道を進むと、山側の斜面が切り崩されており、墓地になっているところに出た。かなり古い墓地らしく、周囲が荒れており、道の周囲から雑草が道路に覆い被さっていた。人が殆ど来ないということだ。

 車の横腹に草が当たり、がさがさと音を立てる。

 さすがに「絶対にこの道は違う」と思い始める。

 どこかで引き返さないと。

 だが、車の方向転換をするスペースは無く、道別れも無かった。迂闊にバックをすると、崖から落ちる可能性がある。

 「この先はきっと行き止まりだよな」

 ナビはそこに連れて行こうとしてるのではないか。そんなことを考えた。

 それまでも箱根や三浦で似たような出来事に遭ったことがある。

 その瞬間だ。

 ナビの画面に記されていた、信仰すべき道順を示す青い線が、いきなりパッと消えてしまった。

 画面は真っ暗。自分の車の位置を示す矢印だけがぽつんと光っている。

 それまで進んで来たルートは、普段はナビが道として認識しないような山道だった。

 先は行き止まりで、たぶん、崖になっている。

 

 さすがにうすら寒いので、ギアをバックに入れ、後退した。

 この時に慌てていれば、たぶん、崖から落ちる。

 頭の中で「たぶん、そういうのが狙いだろうな」と思った。

 人間の心理は不思議なもので、平常では起こり得ぬ事態が起きると、取り乱したりしないものだ。日常から「ほんの少しズレた」時などは、大いに慌てて取り乱すが、「間違いなく異常」な場合は、案外冷静でいる。

 この時は、「ここで気を付けるべきは運転ミスだからな」と声に出して言い、1キロくらいバックをして道別れを探し、そこで向きを変えて元の道に戻った。

 二車線道路に戻ると、そこでナビを切り、道路標示だけで進むことにした。

 南を目指せば、何時かは東京に着く。

 やはり田舎道を数時間迷いながら運転し、ようやく宇都宮に着いた。

 

 白河ではどういうわけか同じことが幾度も起きた。

 ナビが正常作動しなくなる。

 このため、その後十年間くらい、白河に立ち入るのを避けていた時期がある。

 問題の原因は「白河」にあるのかと思っていたこともあるが、どうやらそうではなく、「車に何か乗っていた」ことによると思う。

 家人を成田まで送って行った後、既に妙な気配があった。

 二度目の「白河ぐるぐる事件」の後には、自宅まで戻って来る途中で、別の車に追突された。その車を修理に出し、戻って来たのが二週間後だったが、車を引き取り、家に向かう途中で、また追突された。

 いずれも、信号待ちで停まっていると、背後から後続車が真っ直ぐ突っ込んで来た。

 まるで前の車が見えないかのような進み方で、ブレーキを一切踏んでいなかった。

 二週間で二度ではさすがに呆れ、神社でお祓いをして貰った。

 

 この体験談を話す時には、少し盛って「ナビに導かれ、行き着いた先が荒れ果てた墓地だった」とした。これだと普通の怪談だ。実際には、墓地は途中で見た。

 青い進行経路が、前も後も一切消えてしまう場面は、今も時々夢に観る。前はともかく、それまで進んで来たルートが消える筈がないのだが。

 

 ひとつ考慮すべき点があるとすると、この出来事が起きたのは、東日本の震災から十年前くらいだったが、その後も同じようなことが三度起きた。「地磁気の異常」などの要因については考慮すべき点がある。