◎幸運であれば・・・
◎幸運であれば・・・
死に間際に「お迎え」に会える。
「お迎え」の説明は不要と思うが、要するに「死神」と同じ仲間で、死に行く者を冥界(あの世)に誘う務めの者だ。
あの世に連れて行こうとする者なのに、何故それが「幸運」かと言うと、「お迎え」とは幾らか交渉の余地があるということだ。
あの世に旅立つ時を先延ばしにすることが交渉で可能になる場合がある。
そのまま死んでしまう人が死に間際で何を見たかは知る由もないが、どうやら「お迎え」と会わずに死ぬ人もいるようだ。むしろそちらの方が多いのかもしれん。
私は実際に「お迎え」に会ったが、何とか連れ去られることなく逃れた。その時に何かを言われた記憶はないが、直感で「何かしら死と引き換えにするものを求められている」と気づいたので、仕事を止めることにした。(事業主だったのでここは「辞める」ではなく「止める」だ。)
以来、「お迎え」と交渉して死期を先延ばしにしてもらった人の話を集めているが、概ね数か月から一年で亡くなってしまう。
延期は有限らしいが、私は「死期の到来を示すサイン」を感じると、その都度、自分にとって大切なものを差し出すことにしている。これで、「社交」を止め、「道楽(趣味)」を止めた。
他に類事例はないから、確実なことではないが、「代償を差し出す」のが延命のコツだと思う。
「お迎え」はごく普通の人間の姿で現れる。
幾度も記したが、私の場合は、夕方七時頃に病院のベッドに座っている時に、病室の扉を開けて二人組が普通に入って来た。
ジャケットを着た男とジャンパーを着た男の二人連れだ。
一瞥でそれが「この世の者ではない」と分かる凄みがあった。
ホラー映画のようなおどろおどろしい姿ではなく、その辺にいるようなオヤジと若者なのだが、ただとてつもなく凄まじい。
映画のバケモノや悪霊など「笑える」くらいの迫力がある。
ここで冷静さを保てるかどうかが生死を分ける。
運よく交渉に成功し、数か月なり一年なりの時間を貰えたなら、その先の人生ではそれまでとはけた違いの味わいが感じられると思う。
数か月あれば身辺の整理も可能だ。あとは腹をくくり見切るだけ。それまでの人生で重要だったことが、それからは重要ではなくなる。棺桶に入ろうとする者にはどんな持ち物も意味がなくなる。
この世に生まれ落ちた時と同じ状態に戻るわけだが、そこで考えることは死後にも通じる内容になる。
注記)眼疾があり文字が良く見えません。誤変換が多々あります。