日刊早坂ノボル新聞

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◎霊界通信R070730 「それほど恐れる必要はない」

◎霊界通信R070730 「それほど恐れる必要はない」

 相次ぐPCクラッシュにより、これまでのデータの大半が失われた。

 このため、自分のブログやSNSから画像を拾ってくる羽目になった。

 公開しなかった画像に、一目でそれと分かる強烈なものがあるが、こういうのはHDDを修復しないと戻らない。ま、いずれにせよ公開できないから、無くとも平気だ。

 というわけで、私は秋には消えるかもしれんので、もう一度あの世の基本原則を復習しておくことにした。

 

 最寄りの八幡神社には、時々、「穴」が開く。

 私の言う「穴」とは、「この世とあの世の交流点」のようなもので、生者と死者が出会うポイントだ。私は可視域が幾らか普通の人より広いので、たまに「白い煙の筋が渦巻いている」ように見えることがある。この見た目が「渦」または「穴」なので、便宜的に「穴」と呼んでいる。ま、呼び方はどうでもよい。

 

 掲示画像はこれまで幾度か公開して来たものだが、いずれもこの「穴」の近くで撮影した。ここでは白い煙がたなびいたりすることがよくあるが、これが時々、人の姿になる。

 傍に人がいない状況で撮影したのに、「どう見ても人影」と思しき影が映っていた。

 人間は自分が常識と思い込んでいる理解の範囲を超える出来事が起きると、それを事実とは認めずに、環境や自分自身(の意識)の方を疑う。

 撮影直後にも、「たまたまそこにいた人が写ったのではないか」と疑ったのだが、答えは画像の中にあった。

 最初の画像では、事務服の若い女性が私の肩に頭を乗せている。

 「たまたまそこにいた」なら、誰でも気付く状況だ。

 見ず知らずの女性が覆い被さって来たら、誰でもそれと気づくが、そんな出来事はなかった。

 

 次の画像でも、私に寄り添うように立つ事務服の女性(おそらく中高年)が写っているが、絶対に生きた人間ではあり得ない。腕が私の体の中に差し込まれていることでこれが明らかだ。

 同時進行的には、まるでホラー映画で見る状況で、「憑依」とか「祟り」「呪い」などという言葉が頭に浮かんだ。

 だが、その後、特に何が起きた訳でもない。

 いずれも体に触れられているので、相手の心情が伝わるはずだが、悪意らしきものを感じない。しいて言えば「助けて」という叫びだけ。

 従前から一つの仮説を持っていたが、たぶん、この状況はそれに従ったものだと思う。

 その仮説とは、「幽霊は消滅したくないので、他の自我と合体することで延命を図ろうとする」というものだ。

 恨みを持ったり、祟りを与えてやろうと思っているわけではなく、ただ「死にたくないだけ」。肉体は既に滅んでいるから、ここで「死ぬ」とは「自我を失う」ことを指す。

 実際には自我を開放して、自意識を分解することが「成仏」で、その後は、感情や記憶の断片に分解される。時の経過とともに、幽霊は次第に求心性を失い、自我が崩壊するのだが、これは二度目に死ぬことと同義だ。

 自分と言う存在が消えてしまうのが怖いので、幽霊になって彷徨う。

 そして、自分に似た心根を持つ者(生死を問わない)に寄り沿って、その自我の中に入り込むことで、自我の延命を図るのではないのか。

 おそらく、相手の中に入っていけないと知れば、自ら去って行く。

 

 普通はお祓いもお清めも不要だ。気分転換だけで済む。

 (もちろん、例外もある。同類と見込まれれば、しつこく付き纏う。思うようにならないと悪さをすることもある。)

 ま、肩が重くなったりすることがあるから、その場合は玄関先に塩を盛って置き、家に入る時に清めればよい。

 ちなみに、扉を開けた時に左隅の床に小皿の塩を置いておけば、室内に立ち入ることなく清められる。

 

 以上の2ケースは特に問題のないケースだ。絵面はホラー映画だが、「そんなこともある」と考え、「自分には助けられないから去って下さい。その代わりあなたのためにご供養をします」と伝え、お焼香をすればよい。

 だが、三枚目以降は、まだ現在進行形で続いているが、意図がよく分からないケースだ。まったく接触していないので、相手の心情が分からない。

 何を求めているのかが不明なのだが、まだ近くにいると思う。

 現に昨日、夕食前にカウンターを見ると、家人が洗い物をしている頭頂部だけが見えた。下を向いて何かをしているので、まずは調理か洗い物だ。

 気にも留めずにいたが、一分後、居間の扉を開けて家人が入って来た。

 「え。それじゃあ、台所にいたのは誰?」

 まだ娘は帰宅していない。

 

 家の中を黒い女の影がうろついていることについては、これまでも幾度か報告して来た。目視もすれば、画像にも撮影した。それと電気製品が勝手に動く。

 ただ、これが神社の「穴」にいた女性と同一人物なのかが、よく分からない。

 ま、幽霊に関わると、煩わしい事態が待っていたりするので、あまり知りたくない。

 相手に関心を持つのは、関わる覚悟が出来た時だけだ。

 

 秋にはこの世を去るかもしれんので、いくつか助言めいた言葉を残すことにするが、その一つ目は「あまり恐れる必要はない」だ。

 怪談話やホラー動画に冒されていると、冷静さを失いがちになるが、「そんなこともある」と思いなして、冷静に事態を観察することだ。

 まずはそこから。大半は何も起こらない。

 一段一段、確かめて先に進めばよい。

 ただ、軽率に第三者を頼って浄霊を試みる前に、自分自身の手で解決することを心掛ける必要はある。自身が変わらぬ限り、悪縁は繰り返し寄り憑く。職業祈祷師にとっては、よりよいリピーターだ。

追記)最後の女性は、一見すると一人に見えるが、実際には集合霊のようだ。

 複数の顔が重なっている。

 

注記1)眼疾により文字がよく見えません。校正も出来ないので、誤変換が多々あると思います。

注記2)最後の画像はあまり長く見詰めぬこと。直接的影響はないが、感性が高まり、幽霊を目視しやすくなる場合がある。そして、霊感が高まると、幽霊が寄り憑く頻度が上がる。好奇心程度なら、チラ見で飛ばすこと。