◎夢の話 第1K18夜 式典に出る
ニ十三日の午後十時半に観た怖ろしい夢です。
何か自分に関する式があり、皆が来てくれるという。
病身の父母も遠くから駆け付けてくれるとのことだ。
父はともかく母は大丈夫なのかと心配になる。
電話を掛けると、母は「なあに。御前(おんめ)のためだもの」と笑った。
俺は前日に大きな契約があり、どうしてもそれは外せない。
前日にその仕事を終え、そのまま車で何百キロか離れた会場に向かうことになった。
当日はほとんど徹夜明けなのだが、現地に着いてから数時間は寝られる。
会場のホテルに部屋を取り、妻がそこで待っていてくれる手はずとした。
前日になり、まずは契約先と会うために移動した。
長く運転したが、契約書を取り交わすだけだから、すぐに終わった。
その後、直ちに出発する。
真っ直ぐ運転しても十四五時間は掛かる車の旅だ。
郷里に似た街を幾つか通り過ぎ、ひたすら運転した。
途中で連絡をすると、親戚の誰かが「伯父ちゃん伯母ちゃんはもう着いている。あとは※※(俺)ちゃんだけ」と答えてくれた。電話に出たのは従姉のような気がするのだが、従姉はもう十年も前に亡くなっている。
現地に着いたのは朝方だが、式典は昼からの予定だった。
予約してある部屋に行くと、妻はどこかに出ていた。
俺の礼服はロッカーに掛けてある。
礼服などを着るのは久しぶりだ。
俺は生死にかかわる病気をしてから、腹を括って、集まりに出るのを一切止めた。
「親の葬式以外に出ることは無い」と公言するようにした。
しがらみを作ると、死んだ時に不義理をすることになるからだ。
後腐れがなくなるようにあの世に行くには、すっぱりと人との関係を断ち切るのがよい。
すけずけと物を言い、それで他人が疎く思うなら、その方がよい。
何せ程なく俺はあの世に旅立つからだ。
父は六十歳頃に生死の懸かる心不全を経験したが、「いつ死んでも良いように」とまとまった金を俺に渡した。「これを小遣いでやるから、好きなことに使え」と現金二千万円を渡したのだ。
「小遣い」と言ったが、財産分与のつもりだったのだろう。
俺はその金や別に貯めていた俺自身の貯金を基に会社を興したのだった。
そのまま資本金に充当したので、出資となって税もかからない。
ベッドで寝ようと思ったのだが、疲れていたのか、よく寝られない。
あと数時間後には式が始まるから、うっかり熟睡して寝過ごしても困る。
横にはなったが、考え事が湧いて来て、休めない。
「もう眠るのはやめよう。どうせ眠れないから」
俺は起き上がり、ロッカーのところに行った。
礼服を出し、袖を通してみる。
長く着ていないが、ピッタリだった。
「主役がみっともない格好をするわけにはいかんからな」
ここで起きている時の俺の自我がぼんやりと眠りから覚醒し始める。
「起きている時の俺」「眠っている時の俺」の双方が頭の中に同居するようになった。
礼服を着て、最後はネクタイを着けるだけになった。
怖ろしいのは、この次の瞬間だ。
ベッドの上にネクタイが出ている。
だが、それは白黒二本のネクタイだった。
半覚醒の俺はそれを眺めながら考えた。
「さて、俺はどっちのネクタイを着けるべきだろう」
手を止め、じっと白黒ネクタイの両方を見比べる。
ここで覚醒。
目覚めると、全身に脂汗を掻いていた。
俺が手に取る筈だったのはどっちだったのだろう。
黒なら葬式だ。
それはたぶん、俺自身の葬式の筈だ。
これはこの数十年で最も怖ろしい夢だった。
困ったことに、俺は直感に長けている。
夢が現実に起きることが頻繁にある。
追記)がたがた震えながら目覚めた。
夢の私が「黒い方に手を伸ばそうとしていた」からだ。
おいおい。今度の危機はしんどいぞ。
果たして今回は乗り切れるのかどうか。
明日は通院だが、早く稲荷に行かねばならない。
今はひたすら「怖ろしい」と思う。「式」は「死期」と音が同じ。