日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎病棟日誌R070508「新しいメンバー」からの

◎病棟日誌R070508「新しいメンバー」からの
 治療終了後に食堂に行くと、知らない顔触ればかり。また新しい患者が入ったらしい。ま、「三月は別れの季節」で多数の患者が病棟を去る。四月は空きベッドがあちこちに見えるが、月末から新しい患者が入って来る。
 新しい患者は、腎不全になったので、体の具合も悪いし、治療もキツいが、「そうなってしまった自分」をなかなか受け入れられない。
 「ああ、俺の人生は終わりだ」と思うから、沈鬱な気分になる。挨拶を掛けても、返事が返って来ないのは、気もそぞろで聞こえていないから。実際、残りの時間(余命)はわずかだ。七十八十代なら数か月から半年一年で終了。
 絶望のどん底から気を取り直し、それなりに日々と向き合えるようになるのは数か月後くらい。
 「自分は医療費を他人より沢山使っているのでは」と引け目を感じるのも、実態が分かるまでの間だ。そもそも、腎不全は病気の終着駅のひとつで、長く生きれば誰でもなる。心肺、肝腎のいずれかの病気で人生を終える。
 腎不全になってからの余生の短さを考えれば、「死ぬまでの合計医療費」なら癌患者よりも低いと思う。抗癌剤は1本が数十万から数千万だ。この場合は窓口医療費なら高額医療費補助があるから高く感じない。腎不全の場合も、窓口なら1割で月3万円だ。3割でも9万円で、他の治療費が少し加われば、高額医療費補助が適用されて、数万円程度になる。
 たまに「透析患者の医療費が高い。自己負担を増やせ」と言う者が居るが、それって「手術をする時に自己負担にしろ」と言うのと同じ。何故か透析治療の場合だけ医療費は総額で勘定される。比較するなら同じ条件にしないとね。
 そもそも、外国人などは保険料をろくに祓わずに観光ビザで日本に来て、国民健康保険に入り、その足で病院に行き、検査治療を受ける。こっちを規制すれば何千億円かが節約できる。韓国は中国人が使う医療費の額が分かっていて、これが一千数百億円だ。

 日本では個別の額を公表したのを見たことがないが、もちろん、韓国よりも優遇されるからはるかに多いと思う。
 今はホテルの住所で免許証さえ取れる状態なんだよ。

 病院の待合室には、日本語の全く話せない患者が沢山いる。
 岩屋大臣は中国人向けの人間ドックを推進しているが、ただで国民医療費を中国人が使うシステムだ。観光ビザを拡大したから、三か月くらい滞在すれば、健康保険に入れるし、高額医療費補助も受けられる。人間ドックから治療に移れば、高額医療費補助で負担は軽微。
 このルートで何十万人も中国人が来るだろうし、実際、現状でも相当数が来ている。
 国やメディアは「高齢者のため負担が増大している」と誘導しているが、イカサマだ。実態は「自分たち」と「お仲間の資本家・大企業」と「言いなりになる業界(医療や建設)」、「外国人(特に中国人)」のためだけに働いている。
 ネット情報には嘘や作り話が多いのだが、その反面、自民党が展開して来たイカサマが丸わかりになるという利点もある。
 メディアも「政府の認可が必要な業界」の一つで、いざ事実を公表すると、仕事が出来なくなる。公共事業を請け負う建設関係も同じ。有形無形の嫌がらせがあるから、基本はイエスマンだ。
 自民党から政権を取り上げ、「むこう三十年間は政権につけないような状態」にすれば利権は消え去る。

 脱線した。
 病棟には新しい患者が増えたが、名前を憶えることは少ない。
 次から次に消えるので、憶えても仕方がない。
 仕組みやからくりが分かるのは、自分が実際に当事者の立場になってからの話だ。年金なんかも、実際に申請してみないと、具体的にどういう矛盾があるかは分からない。
 現場から積み上げて行き、初めて、政府与党のイカサマが見えて来る。

 さて、帰宅して最初に神棚と「お稚児さま」、そして居間の窓際に御神酒を備えた。「黒い女」のために、二週間の間、癒し水を備えたので、そろそろ次の段階に移る。
 自分が敵ではないことを示した後は、穏便にお引き取りを願うことになる。
 「黒い女」には是非とも別の場所を訪問してもらいたい。
 そこの玄関を入った後には、守衛に「外務省から来ました」と言えば中に入れて貰える。これを毎日教えて聞かせる。

 今はものすごく天保の飢饉の後の状態に似ていると思う。
 まったく作物が採れなくなり、年貢が上がらない状態になったが、藩によって対応が著しく異なる。八戸藩では、強制的に米を全量買い上げるものとしたが、当時の米相場の数割の値段だった。もちろん、藩庁の利益のためにそうしたのではなく、その米を上方まで運んで売りさばき、帰路に安価な稗を買って帰り、民百姓に配給した。このため、八戸領の餓死者は僅かだった。
 藩庁が対策を取らずに、税徴収だけを強化した藩もあるが、そこでは数万人の餓死者を出している。(名誉のため名称は伏す。)
 飢饉が断続的に五年続いてことで、民が疲弊しているのに、課税を強化したら、もっと苦しい事態になるのは明白だ。
 再蓄積が進むまで、課税の強化を待つのが「まっとうな政治家」のすることだ。
 だが、岸田石破とも、国民の疲弊が見えず、課税を強化し続けている。例えて言うなら、病気で入院しており、退院したばかりの者に「働け」と強いるのと同じ。
 結果的に、天保の飢饉の三十余年後には、幕府が倒れ、政権どころか政体が替わった。
 陳情が受け入れられぬと、これが一揆になり、要人襲撃になり、戦争に発展した。
 今は陳情の段階だが、倒幕運動、攘夷運動が起きるのももうすぐだと思う。

 ちなみに、七月は各種の予言で「日本の終末」が言われるが、自然災害とは限らない。大規模な社会変化の場合もある。
 たまたま七月は選挙の月で、私の直感では、政府が何らかの大規模な不正をすると思う。八千万人の心がこれで壊される。
 政治家の幾人かは襲撃される。
 これが私の予言だ。もちろん、こういうのはイメージであり願望に過ぎないので念のため。
 エレー脱線した。

 私は「守護霊はいない。ただ見守る仲間はいる」という見方をしている。「全能の神」と同じで、もしそういのが居れば、人類はもう少しましなものになっている。「守護霊」も同じで、存在を信じさせぬほどロクデナシが多い。
 だが、私の「お稚児さま」は危機的局面の時に必ず助言してくれる。既に四か月を超えて体調不良が続き、怨嗟を撒き散らしたくなる心境になっていたが、あの女児の助言で気持ちがすうっと楽になった。
 鮮明な声を聴いたのは、七八年前の御堂観音だったが、どうやら、それよりかなり前から私の傍にいたらしい。それまでは気付かずに「自分独りで生きている」みたいな傲慢な考えで居た。
 今ではこの相棒の存在を疑うことはない。
 幾人かにこの子の画像を写真盾やキーホルダーにして贈ったが、数名から「慶事が起きた」という連絡があった。いずれも財のことでは無く生死にかかわることだ。
 やはり、幸運を導くかどうかは「信じるこころ」「信じられる姿勢」の違いのよう。難しいのは「信じる」ことと「願う」ことは似ているが少し重心が違うことだ。

 追記)これを二十分で一気書きしたが、「痛みに耐えかねて椅子を離れるぎりぎりまで書いてみよう」と思ったら、今日は案外長く書けたので長文になった。
 ま、鎮痛剤は飲んだからそのためもあるが、幾らかはよくなりつつあると思う。「黒い女」と和解する時が近づいている。