日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎病棟日誌(兼霊界通信)R070916「二人組だった」

◎病棟日誌(兼霊界通信)R070916「二人組だった」
 一つ目の「Xデイ」は17日午前5時。
 もう翌日だった。

 朝、ロビーに行くと、Aさんが一人で座っていた。
 「駐車場は私三番に入れたから」
 え。自分で運転して来てんのか。
 「つい幾日か前まで入院してたのに、自分で来てるのか。さすが不死身のババアといわれるだけある」
 この辺、当方はぶしつけなことを普通に言う。悪意からではないから腹を立てる者はいない。この場合も褒めているのであってさ。
 実際、Aさんの声には張りがあり、すぐくたばる感じじゃない。
 心臓周りとか腕の動脈まで取り換えている状態なのに、Aさんの生命力たるや恐ろしいほどだ。
 神社を開いた方がいいな。
 だが、明らかに当方より病状の思いAさんに気を遣われるのは、あまり縁起のよい話ではない。
 ま、「たぶん、俺の方が先に死ぬから、逆に言えば、俺が生きている限り、あなたは死なない」と本人に伝えてある。
 当方が立ってれば、それだけで心強いでしょ。

 この日の担当はオヤジ看護師のタマちゃんだった。
 タマちゃんには、翌日の状況について説明してある。
 言葉だけならだれも信用しないが、当方の場合は写真を一枚見せればそれで何一つ言われない。
 ネットには公開できない類のものを見れば、これが与太話ではないと分かる。
 「木曜日にここに来なかったら、たぶん、S病院の方に入院してるから」
 さもなくば葬儀屋だ。
 この日は各種の検査が入っており、別の看護師が来てその流れを説明した。
 「検査結果を見て次の通院日に調整しますね」
 「はは。二日後の話をしたら、それこそ鬼が笑うわ」
 「は?」
 「いや、何でもない。あなたは知らなくともいいことだから」

 CTとか骨密度他を調べたので、治療の開始が遅くなり、この日は病棟を出る最後の患者になった。
 帰路、ガーゼを買うために百均に立ち寄った。
 屋上駐車場からエレベーターで降り、買いっ段の前を通ると、突然、雷が当たるような「ダアン」という衝撃が来た。
 続いて、震度6くらいの地震のような揺れが来る。
 「あ。心臓だわ」
 典型的な心臓病の自覚症状だ。
 「ありゃ。前倒しで来ちゃったか」
 とりあえずニトロは持っている。

 だが、すぐに手足が動かなくなった。
 「こりゃ狭心症とか心房細動じゃなくて心不全だわ」
 立っていられなくなり、階段に座り込む。
 救急車を呼ぼうにも、スマホを取り出せない状態だし、誰かに声を掛けようとしても声が出ない。
 「さすが俺の直観は恐ろしいな。きちんとこの危機を言い当てている」
 だが、ちょっとした誤算は、これが12時間早く来たことだ。
 予定時刻付近なら、心臓の専門病院の救急窓口の前で待ってようと思っていたのに。
 すぐに気が遠くなったが、頭では「やっぱり予言みたいなのは日時が当たらないのだな」と、この状況にそぐわないことを考えた。
 
 目が覚めたのは、たぶん、七八分後だ。
 この間、誰も通らなかったと見える。
 ま、壁に寄りかかっていたから、「ジーサンが休んでいる」と思ったのかもしれん。
 重大な局面では、大体は「巡り合わせ」みたいなものがあり、ツイている人は良い方に良い方にと動くが、逆の場合は、日常ではありそうなことが全く起きなかったりする。
 救急車を呼んでも、塞がっていてまったく来ない、とか。
 心臓の場合は40分以内に処置しないと、まずは助からない。

 心疾患の場合は、発作が収まると、案外平気になる。
 目が覚めると、胸部症状は無くなっていた。
 この後で検査しても、何も出ないから、病気を見過ごされる。
 検査で出るのは、梗塞など慢性化した時だけだ。
 ま、不整脈が少しでもあれば、もう既に心臓病だと思った方がよい。

 帰宅してからは、さすがに静養した。
 夜中に目が覚めたが、やはりよく眠れない。
 日中の出来事で「済んだ」わけではないことがあるためだ。
 あれは予行演習で、本番が来るかもしれん。
 だが、三時過ぎにはまた眠りに落ち、目が覚めたのは六時だった。
 ぎりぎりかわしたのかもしれんが、しかし、それは約定が効力を発行するということだ。
 これから、先方が好きな時に、当方の足指三本が無くなる。
 あの世への召喚をかわすためには、「人生で大切にして来たもの」を代わりに差し出す必要がある。
 一度目は会社だった。すなわち財産の総て。
 二度目は総ての道楽。
 今回はついに差し出すものが指しかなかった。
 次はどうすんのだろう。脚?

 月末くらいまでは気が抜けないが、とりあえず、危機の一つ目はクリアした。
 階段の下に蹲っている時に、目の前に人影を見たような気がするが、それは二人組だった。
 やはり当方へのお迎えは二人で来るのだと痛感した。
 そう言えば、つい一日前にも、カメラの前に二人組が立っていた。

 幽霊は「感情だけの存在」で、感情は波の性質を持つ。
 波動を感じ取れる者は、目視するしないに関らず、「そこに何者かがいる」と分かる。
 音叉が同じ波長の音に共鳴するのと同じ理屈だ。
 これを知っている人はごくわずか。ブログで情報を公開しているが、見たとこ、これを知る人は五人くらいだと思う。

 まだ今月中は気が抜けない。
 重ねて来られたら、次は抵抗できないと思う。
 しかし、まさか前倒しで来られるとは予想外だった。