◎病棟日誌R070304 「ちょんまげ小父さん死す」
◎病棟日誌R070304 「ちょんまげ小父さん死す」
朝、病院のロビーに行くと、患者が五人くらい集まって話をしていた。まだ七時半で客が少なめだから、かなり離れたところでも声が聞こえる。
「※※さんが亡くなったらしいよ」
「※※さん?」
患者たちは別の患者の名前を憶えていないから、名字を言っても誰だか分からない。これは入れ替わりが多いので、憶えても仕方がないためだ。医師看護師の名すら憶えない。
「先週末に、背中と胸が痛いと言って救急搬送されたけれど、その日の夜に亡くなったそうだよ」
「背中と胸の痛み」なら先週、ベッドから消えたあの職人さんだな。やはり重病だったか。
だが、この予想は外れていたらしい。
「※※さんって誰でしたっけ?」
「はら、あの『ちょんまげ小父さん』だよ」
「えええ?あの人死んじゃったの?」
これには当方も驚いた。その人は頭の後ろで髪の毛を束ねているから、通称が「ちょんまげ小父さん」だ。
皆が驚いたのは、その70歳くらいの小父さんが、病棟では最も症状の軽い人だったからだ。
何せ、慢性腎不全患者なのに、通院は週に一度だけだ。
「午前中に、家で奥さんに背中と胸に激痛がすると訴えた。奥さんは元看護師で、すぐに閃いて救急車を呼んだらしいけど、ダメだったという話だったよ」
「何だったの?」
「大動脈解離。血管が裂けた」
なるほど。それなら背中と胸に激痛が走る。
ちなみに、背中痛だけなら、概ね筋肉痛か神経痛で整形外科の範囲だ。
これが背中痛と胸痛が同時に起こる場合は、内科の疾病になる。
割と多いのは、肺癌や膵臓癌で、これはまだ幸運な方だ。
仮に末期だとしても。三か月から一年の時間的猶予があるから、今生を終える準備が出来る。
次が循環器で、心肺機能不全ならこれとは出方が違うから、血液に出ない場合は、動脈解離のことがある。
職人さんの症状を聞いていたが、看護師や医師が「整形外科への受診」を勧めていた。
だが、当方が「これはかなりヤバイ症状だぞ」と思ったのは、叔父が大動脈解離になったことがあり、その話を聞いていたからだと思う。叔父は一度目は助かったが、二度目には亡くなった。
動脈が裂ける病気なので、破裂してしまえば、ほぼ即死だ。
発症したその日のうちにあの世行きになる。
患者の「不死身のAオバサン」は、職人さんの方の症状を傍で聞いていたが「循環器に行く必要がある。喫緊の事態だ」と感じていたらしい。Aさん自身も4回大動脈解離になり、その都度手術を受け、血管があちこち交換になったが、生きて帰って来た。(まさに不死身のババアだわ。)
となると、周囲の患者の多くは「これはヤバイ症状だぞ」と思っていたことになる。医師看護師は呑気に整形外科に案内していた。
今はあの人はどうなっているのか。
もし職人さんが入院病棟で生きてれば、この情報が良い方に働くかもしれん。職人さんは「ちょんまげ小父さん」とまったく同じ症状だから、「こっちも循環器の疑いがあるのでは」と考えるのが筋道だ。
幸運な人とそうでない人の差は、こんな風な偶然が重なって出来たりする。動脈が乖離しているが、まだ破裂していない。
医療従事者が誰も気付けぬのに、先に同じ病気で亡くなった患者が出たので、気付いて貰える。
逆に、その患者を診た医師が皆三十台の未熟な非常勤医ばかりで、経験が乏しく、深刻な病状を見逃すこともある。これも運だ。
いざ倒れて、その数時間後にあの世に旅立ってしまうのは、さすがにしんどい。普段は腎不全患者としては軽微な方だったから、なおさらだ。周りの患者より先に自分が死ぬとは思っていなかった筈だ。
体は死んでも、自我は一定期間残存するわけだが、このスピードであの世に入ったら、「自分が死んだことを理解出来ない」かもしれん。
これはもの凄く怖い。
死は総ての終りを示すものでは全然ないが、死ぬ準備をしたことがないまま、「目覚めてみたら、自分は幽界にいた」なら、どう受け止めればよいのか。その時には、脳を失っているから、思考能力がなく、上手くものを考えられない。
「何だか悲しい」「寂しい」みたいな感情しか浮かばなくなっている。
死の向こう側について、これまで多くのことを学んで来たが、死ぬこと自体はひとつの「通過点」で、けして怖ろしいものではないと体感的に分かる。
だが、死んでいるのに、「自分が既に死んでいることが分からない」状態になるのは、もの凄く怖い。
理性を失ったら、当方はもの凄い悪霊になるような気がする。
何せ、生きている内から、その時を想定して準備している。
感情だけの存在になった自分自身が最も怖ろしい。
たぶん、筋金入りの悪霊になっている。
これを避けるためには、よりよく生死の理を知り、「上手に死ぬ」準備を積み上げる他はないと思う。
「ちょんまげ小父さん」に起きたことは、明日、当方に起きても不思議ではない。
追記)眼疾で文字が見えず、誤変換があると思います。
私は弱視で日光も人工灯も苦手なので、昼夜グラサンを掛けていますが、他の患者からは「グラサン小父さん」と呼ばれているらしい。今回初めて知りました。
最初は「不良」かと思われるらしいが、半分は当たってますね。